杜父魚ブログ終了のお知らせ
父古澤襄が5月29日に逝去致しました。死因は虚血性心疾患。毎日このブログを更新していた椅子にいつものように座りながら、眠るように亡くなりました。あまりにも突然な出来事だった故もあり、葬儀は6月1日に近親者のみで行わせて頂きました。杜父魚ブログをご購読頂いている皆様、ご投稿頂いている皆様には、ご通知が遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます。5月28日15:04の記事より更新が止まり、さぞかしご心配をお掛けしたことと存じます。本当に申し訳ありませんでした。

父がブログに書いているように、つい先日家族四人で浅草へ出向き昼食を共にしたばかりで、この急な出来事を未だ信じられない思いです。それと同時に、この日楽しい家族団らんのひとときがあったことに感謝しています。

杜父魚ブログは私の夫の発案でスタートし、晩年の父の生き甲斐となりました。家族を代表して、杜父魚ブログを長年支えて下さった皆様に深く御礼申し上げ、このブログを終了させて頂きます。

次女 知子
| - | 05:41 | comments(8) | trackbacks(0) | pookmark |







アリストテレスの墓を発見か ギリシャ   CNN

(CNN) ギリシャ北東部にある古代都市スタギラの遺跡で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスのものとみられる墓が発見されたことが28日までに分かった。


墓を発見したと主張しているのはギリシャ人考古学者のコンスタンティノス・シスマニディス氏。1990年からスタギラの遺跡を発掘調査し、2400年前に作られたこの墓がアリストテレスのものだと裏付ける強力な証拠を入手したとしている。


墓はギリシャ北部テッサロニキの東約64キロの地点にある。同氏はこの墓が紀元前332年に死んだアリストテレスを悼んで建てられたものだと指摘。古代都市アゴラの中心にあり、急ピッチで建設されたという。墓の床は大理石で覆われ、内部には祭壇もあったが、中世に行われた塔の建設で多くの考古学的な資料が失われたとしている。


これまで得られた考古学的なデータは歴史資料と整合性が取れているという。


シスマニディス氏によれば、アリストテレスはギリシャ東部エウボイア島(現エビア島)のカルキスで死亡したことが分かっている。この数年後に遺灰が集められ、生まれ故郷のスタギラに運ばれた。アリストテレスを英雄としてたたえるため、この地に祭壇などが建設されたという。

 
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| CNN | 15:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







つくばいで水浴びするメジロを楽しむ   古沢襄

五月二十八日。メジロが飛んできて「つくばい」で水浴び。ちょうど上に枝が出ていて、そこに飛び乗り、二度、三度と水浴びを繰り返していた。


水を冷たくするために、水道水をつくばいの上まで引いてある。居間から見て、つくばいの水が減ると水道の蛇口をひねって水を足す。


スズメは滅多に水浴びをしない。鳥が水浴びしていると居間のガラス戸越しに見えるので、よく見るとたいていはメジロの水浴び。


スズメより少しちいさいメジロだが、上品で人の目を楽しませてくれる。たまに野生化した文鳥が飛んでくるが、メジロの可憐さには及びもつかない。


メジロは目の周りが白い輪で囲まれている。だから「目白=メジロ」の名がついたのだろう。メジロの好物は花の蜜。庭には蜜をつける花木を植えてあるので、そろそろメジロがやってくると思っていると、義理堅くわが庭にもメジロが毎年、飛んできてくれる。


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| 古澤襄 | 11:49 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |







消費増税先送り…安倍首相「参院選前に明らかに」   産経新聞

■6月1日に表明で調整 少なくとも1年半延長

 
8年ぶりの日本開催となった主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)は27日、閉幕した。


議長を務めた安倍晋三首相は閉幕にあわせて記者会見し、来年4月からの消費税率10%への引き上げについて「是非も含めて検討し、参院選前に明らかにしたい」と述べた。今国会会期末の6月1日に記者会見して増税先送りを表明する方向で調整している。先送り期間は少なくとも1年半となる見通しだ。


首相は会見で「先進7カ国は今、世界経済が大きなリスクに直面しているという危機感を共有している」とした上で、「大きな危機に陥ることを回避するため、協力して対応していくことを国際的に合意した。この事実は大変重い」と指摘。「議長国として日本は率先して世界経済の成長に貢献していく」と述べ、消費税率引き上げの先送りを強く示唆した。増税延期の期間は1年半または2年間の両案を検討している。


海洋安全保障については中国の南シナ海での軍事拠点化を念頭に「一方的な行動は許されず、司法手続きを含む平和的な手段を追求すべきである」と強調した。また、北朝鮮の核・ミサイル発射には「G7は最も強い表現で非難する。拉致問題を含む国際的な懸念にただちに対処するよう強く求める」と述べた。


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| 産経新聞 | 08:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







海自ミサイル艇「はやぶさ」6月公開   産経新聞

■“不審船キラー”の異名 島根・出雲


“不審船キラー”の異名を持つ海上自衛隊のミサイル艇「はやぶさ」が6月4、5の両日、島根県出雲市の出雲河下港で一般公開される。


はやぶさは海自舞鶴基地所属で、日本海沿岸での哨戒、対艦攻撃が主任務。平成11年に石川県沖で発見された北朝鮮工作船に対し、海自が史上初めて海上警備行動の発令を受けて追尾しながら逃走を阻止できなかった事態を教訓に建造された。


全長50メートル、基準排水量200トン、最大速力44ノット(時速約80キロ)で即応性、機動性に優れている。


出雲河下港に入港後、両日の午前10時〜午後3時、艦艇内を公開する。

 
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| 産経新聞 | 08:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







薬が効かない耐性菌、米で初の感染者   JCASTニュース

■年間1000万人死亡の悪夢が間近に?


すべての薬品が効かないスーパー耐性菌への感染が米国内で初めて確認されたと、2016年5月26日、米疾病対策センター(CDC)が発表した。AFP通信など複数の海外メディアが報じた。


スーパー耐性菌については、同年5月18日、英政府が委託した研究チームが、2050年以降に年間1000万人が死亡する伝染病大流行がやってくると警鐘を鳴らしたばかり。悪夢の襲来が現実味を帯びてきた形だ。


CDCの発表によると、感染が確認されたのは、ペンシルバニア州在住の女性(49)。尿路感染症の検査で、すべての抗生物質の中でも最強の「コリスチン」への耐性を持つ大腸菌株の陽性反応が出た。見つかったスーパー耐性菌が保有する遺伝子「MCR-1」は、すでに中国や欧州でも確認されている。


トマス・フリーデンCDC所長は「まさに全既存薬を無効にする耐性菌の出現を告げるものだ。われわれは、ポスト抗生物質時代にいる危険を冒している」というコメントを発表した。

 
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| JCASTニュース | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







高齢男がフグのヒレ酒で酔っ払う   古沢襄

喉(のど)がいがらっぽい。昨日きた訪問看護師さんに診てもらったが、扁桃腺が腫れているわけでもない。扁桃腺炎なら高熱が出る筈だという。


どうにも気になるので、夜中に起きて水をガブ飲みしてみた。腹がふくれたので、また眠たくなる。こんな時に「舟和」のあんこ玉があったらと”うらみ節”。


愛犬バロンも気になるのだろう。寝床からついてきて私の足元で寝ている。明日はネットで「舟和」のあんこ玉を注文してみよう。


冷蔵庫を開けてみたら西瓜と横浜シュウマイ、焼き鳥五本。明日の朝は残りご飯と焼き鳥か、昼は西瓜と横浜シュウマイと一応は目星をつけて寝ることにした。ヘルパーさん頼みの買い物なので、夜中に起きた時にチェックする。


タバコは完全にやめた。こう喉がいがらっぽいので吸う気にもならない。酒を復活することにした。訪問看護師さんが賛成してくれた。


そうなると明日の夜は自家製のフグのヒレ酒で酔っ払うか。飯の用意も必要なし。高齢の一人男が毎晩、酒に溺れる気持ちがいくらか分かる気がしてきた。


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| 古澤襄 | 02:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







鬼才画家・林倭衛の生涯   古沢襄

長野県の上田と云うと誰もが最初に思い浮かぶのは、六文銭の旗印を掲げた武将・真田 幸村の知略・武勇に優れた働きであろう。私は旧制中学校の一年から四年まで真田屋敷に 建てられた県立上田中学で学んだ。一年下に永六輔氏がいた。


上田の街は、郷土作家である新田潤氏が「片意地な街」の著作に書いたように時流に流 されない意固地とも思える風格を備えている。この風土から新田潤氏のほかジャーリスト ・山浦貫一氏、大正・昭和画壇の鬼才・林倭衛氏らユニークな人材が生まれている。


■新宿の美しい聖子ママ
 

話は飛ぶが、私は六〇年安保から七〇年安保までの十年間、政治部の第一線記者とし て疾風怒濤の時代を夜討ち朝駆けの取材競争に明け暮れた。国会から夜七時ごろ政治部に あがり、打ち合わせをして夜中の十一時ごろ政界の実力者の自宅に「夜回り」と称する取 材をかけるのが日課だった。


夜回りまで三時間ぐらい余裕があるので、新宿の伊勢丹にほど近い「風紋」という名前 のバーで時間待ちの時を過ごすことが多かった。私たちよりは何歳か年上と思われる聖子 さんと云う美人ママが看板の店で、出撃直前の時を過ごした。


手伝いの女性たちもインテ リ好みの垢抜けた美人揃いで、まだ二十七、八歳だった私にとってはまさに居心地の良い 息抜きの場所だった。聖子さんは三十歳前後だったろうか、まさに女盛りの美貌が目映い ばかりだった。


集まる客筋もジャーナリスト、大学教授、新劇の俳優などで、新宿のこの一角だけは、 安保騒動の激しい政治対立とは、全く無縁の静かな文化的雰囲気が満ちていた。風紋に通 いつめるうちに、聖子さんは「T」という高名な映画監督との恋に破れたばかりだという 噂も聞かされた。


そんな悲恋を感じさせない位、明るく客をあしらうママの立居振舞いに魅せらて、私はますます風紋通いにのめり込んでいった。


そんなある日のことである。「ジョウ君、君は上田中学だって・・・」と突然、いたず らそうな顔をしたママに聞かれた。


左様・・・私は風紋ではいつの間にか「ジョウ君」で 通っていた。この問いかけは重要な意味を持っていたわけだが、したたか酔っていた私はいい加減な返事をして、その場はそれで終わってしまった。ママが上田に縁がある人だったということも迂闊にも知らずにいた。


一ヶ月ほど過ぎたころだったろうか、珍しく客が少ない日のことである。私の前に坐っ た聖子ママは「昨日、ジョウ君のお母さんと千代さんのところで麻雀をしたのよ」と云われて仰天した。


何のことはない。私の母と聖子ママは、同じ上田の出身だった。千代さんとは、母の親友で文学仲間の古い付き合いである。この三人にもう一人が加わり、東京・ 中野にあった千代さんの自宅で、毎週のように麻雀を楽しんでいたわけだ。


まさにお釈迦様の手のひらに乗せられた孫悟空よろしく私は、母と聖子ママの監視下で 毎晩のように飲んだくれていたことになる。世の中の狭さをこの時ほど思ったことはない。 母はその頃、一人で世田谷・奥沢に住んでいた。


この話はまだ続きがある。母は信州の松平藩士族の生まれで、曾祖父は廃藩置県によって失職したが、転業した「士族の商法」が当たった数少ない商家の出である。家付き娘だった 祖母に迎えた養子が、大酒飲みで間もなく離縁となったが、その時には祖母はすでに母を 身ごもっていた。


二番目に迎えた養子は、田舎では珍しい外語学校の露文科出身のインテリで、やがて二 人の弟が生まれた。結局、長女の母は廃嫡となり、父親違いの弟が上田の旧家を継ぐこと になった。私の大酒飲みは、離縁となった祖父譲りのものかもしれない。


この弟、私から云うと叔父になる人物だが、洋画の造詣が深く、自分でも好んで油絵を 描いたが、上田が生んだ鬼才・林倭衛氏の作品を蒐集して、手に入るめぼしい林倭衛の油 絵を十数点も所蔵していた。


林倭衛の絵を購入するために、上京して、銀座の日動画廊に よく来ていた。田舎の商家で、平凡に一生を終わる寂しさを、好きな絵画の蒐集に没頭することで、まぎらわしていたのであろう。


叔父は年に何回か上京すると、奥沢の母のところに連絡してきたが、ある日のことだが、私の家に電話をかけてきた。「今晩、林倭衛氏の娘さんのところを訪ねたいので、時間の 都合をつけて欲しい」と云う。その晩は、夜回りを休んで、久しぶりに叔父に付き合うことにした。


そして連れていかれたのが新宿の風紋だった。すべてを承知の母は、私には何も教えないのだから人が悪いと云えば、これほど人が悪いことはない。さらに叔父にも私が風紋に通いつめていることを隠していた。


母には、こういう変わった側面があった。小説を書く意思を捨てなかった母は、聖子さんをめぐる人間模様が格好の生きた材料だったわけで、それがどういう展開を見せるのか興味に駆られていた。


「からくり」を教えてしまったら、案外つまらないめぐり会いの話に終わってしまう。姉と弟、そして息子が目に見えない細い糸で聖子さんに結ばれていた驚きと縁の深さが、どういうドラマを描くか、じっと見つめ、それを何時の日か自分の作品に織り込む意欲を持っていたのであろう。


■代表作「出獄の日の0氏」の物語
 

風紋に向かう新宿のうら道を歩きながら、叔父から手書きの地図を見せた。「風紋とい う名前のバーなんだがね」と叔父は云った。


「風紋なら知っているよ」と私は答える。叔父は立ち止まった。「そりゃ好都合だ。そこに林倭衛の娘さんが働いている」「ママを含めて三人いるが、名前は何と云うの・・・」「聖子さんという絶世の美人だ」「何だって ・・・」今度は、私が立ちつくして絶句する。


こんなやりとりの末に風紋にたどり着いた。叔父は聖子とは初対面だったが、林倭衛の作 品を十数点所蔵していた叔父が中心になって、信濃美術館で「林倭衛回顧展」を開くので、 聖子さんに展覧会の開会日にテープカットをお願いしたいと云うのが叔父の上京の目的だ った。さらに林倭衛の代表作「出獄の日の0氏」を聖子さんが所蔵しているので、その出品のお願いも兼ねていた。


私はただ驚くだけで、目の前に置かれたハイボールにも手がつかなかった。「ジョウ君はやけに大人しいのね」とママにからかわれたが、林倭衛の名前も初めて聞く有様で、借 りてきた猫のように、叔父と聖子さんのやりとりを茫然として見ているだけだった。


林倭衛・・・作家の有島生馬氏が回想記を遺しているが、零落した士族の次男を父に持 ち、小学校を出ただけで、二科会展で画壇に登場し、やがてフランスに渡り、モンパルナ スに近い安アパートに住んでルーブル美術館に通って西欧美術にひたった。明治二十八年六月一日に上田に生まれている。聖子さんは長女。


「出獄の日の0氏」は林倭衛が大正八年の第六回二科展に出品した作品で、アナーキス ト大杉栄の肖像画だが、保釈中のアナーキストの肖像が、公衆の前に展示されるのは問題があるという当局の命令によって、出品されなかったいわく付きの作品。大正末期から昭和初期にかけて社会主義の影響を受けた前衛芸術が一世を風靡したが、それはまたファシ ズムの弾圧を受ける前触れともなった。


この肖像画は、その後、長野県出身で内務省警保局長だった唐沢俊樹氏の秘蔵画となっ た。アナーキスト・林倭衛氏と警保局長・唐沢俊樹氏は、奇妙な取り合わせだが、親交があって、この問題作を譲り受けている。しかし、二・二六事件後、軍部から追及されるこ とを怖れた唐沢家から、林家に戻され、アトリエの奥深く隠された。日の目を見たのは、 戦後である。現在は遺児・聖子さんの所蔵画となっている。


「出獄の日の0氏」の事件は、皮肉なことに新進画家・林倭衛の名前を画壇ジャーナリ ズムに広げることになった。


林倭衛は太平洋戦争の末期に四十九歳でこの世を去ったが、 その作品は今日でも愛好家の間で秘蔵画として高い評価を得ている。残念なことは、晩年 の傑作五十点が東京大空襲の被害を受けて灰燼に帰したことだが、信濃美術館の「林倭衛 回顧展」には六十数点が出品された。昨年も東京・銀座で「林倭衛回顧展」が開かれている。


風紋の出来事以来、私も林倭衛氏の絵画に接する機会が多くなり、四十点ほどの作品に 触れたが、「フランス風景」「橋のある風景」「パリ郊外」など渡仏時代の風景画に惹か れる。晩年の「暮色」は妙高山の風景画だが、ひきこまれるような妖しい魅力を持った作 品である。


■軍人・役人大馬鹿野郎
 

林倭衛氏の魅力は、その作品もさることながら、その生きざまに人を惹きつけて放さな いものがある。一九六八年にベルンで開かれた平和自由同盟の会合で、バクーニンは自由 を否定する共産主義と決別し、アナーキズム宣言を行うが、林倭衛氏はアナーキズム運動に情熱を傾け、大正三年にはバクニーンの肖像「サンジカリスト」を第三回二科展に出品している。大杉栄との交友もアナーキズム運動を通した共感が根底にある。


大正八年の「出獄の日の0氏」で、林倭衛の名前は、一躍、画壇ジャーナリズムに喧伝 され、交友関係も広まるが、生来の酒飲みがさらに磨きがかかり、会合に出るといつも酒気を帯びていたと云う。


根が神経質で、多感な性情の人であった。心の安まる友人を求め て、人が恋しくて堪らない毎日であった。林倭衛氏の良き理解者だった山本鼎氏は「林倭衛君の画は暗鬱な重苦しい画の多いなかに際だって軽快に見える。物体はただ弱く表現されているが、それも蹉跌なく統一された画面は多くの人に好かれるだろう」と見事に林倭衛氏の絵の本質を突いた画評を述べている。これはまた林倭衛氏の人物評でもある。


渡仏した林倭衛氏は、新しい芸術思潮の胎動に思い切り浸る一方で、親しい仲間と酒を 飲み歩き、時にはパリ警察に留置される脱線劇もあったらしい。


大正十二年には中国人に変装して、日本を脱出し、パリに現れた大杉栄とも再会している。大杉栄は関東大震災のさなかに惨殺されたが、異郷にあった林倭衛氏はこの知らせを聞いて、茫然自失し、しばらくは慟哭が止まらなかった。


ファシズムが吹き荒れようとする日本には、帰る気持ちになれず、大正十五年に一時帰国したが、昭和三年に再び渡仏している。この時に富子夫人は聖子さんを身ごもっていて、結局、再渡仏は、短い期間で終わった。


帰国した林倭衛氏は東京・小石川で親子三人の水いらずの生活に入る。酒豪は相変わら ずだったが、帰国の年に春陽展の七点の作品を出品するなど、精力的な制作活動をしている。


画風も簡潔さはそのままだったが、表現に深みが備わり、色調も落ち着いたものになっていた。しかし時勢は、小林多喜二の惨殺に象徴されるプロレタリア文学運動の弾圧などすでに軍人が幅をきかせる戦時色が濃くなり、日本は無謀な太平洋戦争に向かって走り出していた。


この頃から林倭衛氏はよく旅に出ている。また房総の海岸にも出て、カンバスに海浜風景を描いたが、渡仏時代の南フランス・エスタックを想い出していたのではな かろうか。やがて房総の御宿に転居する。絵の具も酒も入手が難しくなる毎日が続き、林倭衛氏は心も身体も衰弱する一方だった。


太平洋戦争はすでに日本の敗色が濃厚となっていた。サイパン玉砕、東条内閣の退陣と 破局に向っていた昭和二十年一月十日、林倭衛氏は浦和郊外で死去。敗戦の悲劇を見ずに この世を去った。遺書に「軍人、役人大馬鹿野郎」と記されてあった。


母の弟が尽力した「林倭衛展」は昭和四十二年、長野市の信濃美術館で開かれた。テー プカットをした聖子ママはひときわ美しかったと叔父からハガキで知らせてきたのは、秋 風が吹く頃だった。


叔父が所蔵していた林倭衛氏の絵は、上田市の山本鼎記念館に寄贈され、愛好家の目を楽しませている。人の一生はあまりにも短いが、その作品は永遠の重み を持って後世に伝わっている。
 

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| 古澤襄 | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







「舟和」のイモ羊羹とあんこ玉を受け取るのを忘れた   古沢襄

昨日は二人の娘が浅草ビューホテルで私と妻に中華料理をご馳走してくれた。ビューホテルの中華はたしかに美味しい。何よりも一家四人が水いらずで食事をするのは久しぶり。欲をいえば東大を卒業する孫の顔が見れなかったくらい。


甘いものが欲しい。酒を飲まなくなったせいだろうか。二人の娘たちはビューホテルで生ビールを美味しそうにお代わりを注文していた。


夏は熱燗でフグのヒレ酒を飲む癖がある。これだと三合はいける。このために錫製のトックリを求めてある。フグのヒレも用意した。


酒の話はこれくらいにして、浅草といえば「舟和」のイモ羊羹。愛犬バロンもイモ羊羹には目がない。


長女が待ち合わせの時間を利用して、「舟和」のイモ羊羹とあんこ玉を買ってきてくれた。明治三十五年(1902)創業の「舟和」は人気がある。


老人ホームにいる妻を気遣って長女が守谷までついてきてくれた。「舟和」のイモ羊羹も美味しいが、あんこ玉も格別の味がある。


ところが、守谷駅でタクシーに乗る時に長女から「舟和」名物を受け取ることを忘れてしまった。自宅について気がついたが後の祭り。


最近はこの手の物忘れが多くなった。


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| 古澤襄 | 17:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







沖ノ鳥島、蔡政権「岩」主張を撤回…対立収束へ   読売新聞

【台北=向井ゆう子】台湾で発足した民進党の蔡英文ツァイインウェン政権で、行政院(内閣)報道官は24日の記者会見で、日本の沖ノ鳥島について「法律上、特定の立場をとらない」と述べた。
  
 
国民党の馬英九マーインジウ・前政権による「排他的経済水域(EEZ)を設定できない岩」だとの主張を事実上、撤回したものだ。


沖ノ鳥島を巡っては、4月、EEZ内で操業していた台湾漁船を日本の海上保安庁が拿捕(だほ)。馬政権は、「岩でありEEZは設定できず、日本は国際法違反だ」と、それまで曖昧にしてきた態度を先鋭化させた。


一方、対日重視の姿勢を取る蔡氏は、政権発足前の今月、自民党議員らと会談した際、早期収束を目指す立場で一致していた。


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| 読売新聞 | 04:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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