菅さん、「孤立化」に取り組むはずでは 岩見隆夫
夏が去るに当たって、といってもまだ猛暑が続いているが、ひと言どうしても言っておきたい。それは、〈情のある政治〉とは何か、といったことである。
この夏、特に高齢者にとっては地獄の日々だった。「あしたの朝、生きて目が覚めるかな」と冗談とも本気ともつかぬやりとりがあちこちで交わされた。東京二十三区の熱中症による死者が百人に達した時、これはまぎれもなく災害だ、と私は思った。地震や豪雨による被害と何ら変わりがない。襲いかかるような連続猛暑はもはや天変地異の類である。
いっぺんに百人ではないが、毎日追加されていく。東京に集中しているのは高層ビルとアスファルトのせいだが、全国でも入院患者四万人余、死者が三百人に近づいている。
政府は当然、緊急対策本部を設置し、応急措置を講じるものと私は信じて疑わなかった。死者はほとんど高齢者で、それも九割が家の中で倒れるというのだから、打つ手はいろいろあるはずだ。専門家が知恵を絞ればいい。
しかし、対策本部を置く気配などまったくなく、菅直人首相はいそいそと長野県軽井沢町のホテルへ静養に出かけた。ホテルの縁側で読書するポーズをメディアに撮らせている。私の周囲の何人かが、
「菅さんと軽井沢はミスマッチだよ」と同じ感想を漏らしたが、そんなことより、怒りを覚えた。普通の夏なら軽井沢でもどこでも、涼しいところで英気を養っていただきたい。日本のトップリーダーなんだから。
しかし、今年は異常な恐ろしい夏だった。熱中症に続いて、百歳以上の行方不明者が続出した。高齢者の居場所がなく、行方不明者のほとんどがどこかですでに死亡しているのだろう。だが、死亡したかどうかの確認も取れない。骨が出てきたケースだけニュースになる。
日本の社会もとうとうここまできたか、とだれもが思った。あすはわが身かもしれない。深刻なテーマを突きつけられたのだ。しかし、行政は全国の百歳以上の所在確認をしただけで、政治は何の反応もない。
私が首相なら、「とりあえず九十歳以上の所在確認も早急に実施し、全行方不明者を可能なかぎり追跡せよ」と厚生労働相、総務相に命じる。同時に、家族、親族らが一家の長老の行方不明をそのまま放置してきた問題をめぐって、議論を深めなければならない。
そのリーダーシップを政治がとるのは当然である。国民の生命にかかわることであり、社会の病気が進行しているとみられるからだ。
◇問題意識は的確ながらなぜ敏感に反応しない
鳩山由紀夫前首相は、国会演説で、「いのちを守ります」と何度も叫んだではないか。まさか、いのちのなかに、高齢者が含まれていないはずはない。菅首相も就任初の所信表明演説で、
「今、私が重視してるのは、『孤立化』という新しい社会リスクに対する取り組みです。人は誰しも独りでは生きていけません。わが国では、かつて、家族や地域社会、そして企業による支えが、そうした機能を担ってきました。
それが急速に失われ、ネットカフェに寝泊まりする若者や、地域との関係が断ち切られた一人暮らしの高齢者など、『孤立化』する人が急増しています。孤独死で大切な人生を終えてしまうおそれがあるのです。
私は支え合いのネットワークから誰一人として排除されない社会、すなわち『一人ひとりを包摂する社会』の実現を目指します……」
と約束している。問題意識は的確なのだ。しかし、〈誰一人として排除されない社会〉とはほど遠く、ボロボロと排除されている現実をみせつけたのが、大量の行方不明事件だった。菅さんはなぜこの事件に敏感に反応しないのか。それとも、所信演説は単なる机上の作文なのか。
強力な権限を持つ首相は一人しかいない。だからこそ、世の中の万般に細かく目を注ぎ、情愛をもって対応しなければならない。代役がいないのである。
ところが、最近の菅さんは、小沢一郎前幹事長にあおられ、迫ってきた民主党代表選の行方にやきもきし、ほかのことは目に入らないみたいだ。先日も、鳩山さんに電話をかけ、
「どうすればいいか」と相談を持ちかけたという。政界でもっとも秘密を守れない男、として早くからレッテルを張られている鳩山さんは、その日出演したBSテレビの番組でさっそく電話のやりとりを暴露してしまった。鳩山さんが、
「首相として泰然自若としていればいいではないか。(代表選の)選挙目当てみたいに思われることはプラスにならない。国政に専念している姿を国民が見てくれれば、一番プラスではないか」と助言したことまで明かし、それが新聞でゴシップのように報じられたのだ。
唖然とした。何でもしゃべってくれるのは、わかりやすくていいと言えばいいが、電話をかけた菅さんのほうは、世間に筒抜けになるなんて想定していなかっただろう。だが、それはどうでもいいことだ。
助言の中身である。私は首相のころの鳩山さんが操る日本語に再三疑問を呈してきた。今回も、プラスになる、ならない、は〈代表再選にとって〉ということのようだ。
「多数派工作などオタオタしないで、菅さん、泰然自若、国政に専念の姿が、あなたにとって有利ですよ」とアドバイスしている。ほんの三カ月前、国政をしくじって首相を棒に振った人が、それも忘れたかのように、専念を、と言う滑稽さがおわかりでないらしい。自分で暴露するぐらいだから。
加えて、首相にプラスになるための政治、という感覚、何かすごく幼稚である。菅さんの反応はわからないが、これでは、〈情のある政治〉など望むべくもない。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
この夏、特に高齢者にとっては地獄の日々だった。「あしたの朝、生きて目が覚めるかな」と冗談とも本気ともつかぬやりとりがあちこちで交わされた。東京二十三区の熱中症による死者が百人に達した時、これはまぎれもなく災害だ、と私は思った。地震や豪雨による被害と何ら変わりがない。襲いかかるような連続猛暑はもはや天変地異の類である。
いっぺんに百人ではないが、毎日追加されていく。東京に集中しているのは高層ビルとアスファルトのせいだが、全国でも入院患者四万人余、死者が三百人に近づいている。
政府は当然、緊急対策本部を設置し、応急措置を講じるものと私は信じて疑わなかった。死者はほとんど高齢者で、それも九割が家の中で倒れるというのだから、打つ手はいろいろあるはずだ。専門家が知恵を絞ればいい。
しかし、対策本部を置く気配などまったくなく、菅直人首相はいそいそと長野県軽井沢町のホテルへ静養に出かけた。ホテルの縁側で読書するポーズをメディアに撮らせている。私の周囲の何人かが、
「菅さんと軽井沢はミスマッチだよ」と同じ感想を漏らしたが、そんなことより、怒りを覚えた。普通の夏なら軽井沢でもどこでも、涼しいところで英気を養っていただきたい。日本のトップリーダーなんだから。
しかし、今年は異常な恐ろしい夏だった。熱中症に続いて、百歳以上の行方不明者が続出した。高齢者の居場所がなく、行方不明者のほとんどがどこかですでに死亡しているのだろう。だが、死亡したかどうかの確認も取れない。骨が出てきたケースだけニュースになる。
日本の社会もとうとうここまできたか、とだれもが思った。あすはわが身かもしれない。深刻なテーマを突きつけられたのだ。しかし、行政は全国の百歳以上の所在確認をしただけで、政治は何の反応もない。
私が首相なら、「とりあえず九十歳以上の所在確認も早急に実施し、全行方不明者を可能なかぎり追跡せよ」と厚生労働相、総務相に命じる。同時に、家族、親族らが一家の長老の行方不明をそのまま放置してきた問題をめぐって、議論を深めなければならない。
そのリーダーシップを政治がとるのは当然である。国民の生命にかかわることであり、社会の病気が進行しているとみられるからだ。
◇問題意識は的確ながらなぜ敏感に反応しない
鳩山由紀夫前首相は、国会演説で、「いのちを守ります」と何度も叫んだではないか。まさか、いのちのなかに、高齢者が含まれていないはずはない。菅首相も就任初の所信表明演説で、
「今、私が重視してるのは、『孤立化』という新しい社会リスクに対する取り組みです。人は誰しも独りでは生きていけません。わが国では、かつて、家族や地域社会、そして企業による支えが、そうした機能を担ってきました。
それが急速に失われ、ネットカフェに寝泊まりする若者や、地域との関係が断ち切られた一人暮らしの高齢者など、『孤立化』する人が急増しています。孤独死で大切な人生を終えてしまうおそれがあるのです。
私は支え合いのネットワークから誰一人として排除されない社会、すなわち『一人ひとりを包摂する社会』の実現を目指します……」
と約束している。問題意識は的確なのだ。しかし、〈誰一人として排除されない社会〉とはほど遠く、ボロボロと排除されている現実をみせつけたのが、大量の行方不明事件だった。菅さんはなぜこの事件に敏感に反応しないのか。それとも、所信演説は単なる机上の作文なのか。
強力な権限を持つ首相は一人しかいない。だからこそ、世の中の万般に細かく目を注ぎ、情愛をもって対応しなければならない。代役がいないのである。
ところが、最近の菅さんは、小沢一郎前幹事長にあおられ、迫ってきた民主党代表選の行方にやきもきし、ほかのことは目に入らないみたいだ。先日も、鳩山さんに電話をかけ、
「どうすればいいか」と相談を持ちかけたという。政界でもっとも秘密を守れない男、として早くからレッテルを張られている鳩山さんは、その日出演したBSテレビの番組でさっそく電話のやりとりを暴露してしまった。鳩山さんが、
「首相として泰然自若としていればいいではないか。(代表選の)選挙目当てみたいに思われることはプラスにならない。国政に専念している姿を国民が見てくれれば、一番プラスではないか」と助言したことまで明かし、それが新聞でゴシップのように報じられたのだ。
唖然とした。何でもしゃべってくれるのは、わかりやすくていいと言えばいいが、電話をかけた菅さんのほうは、世間に筒抜けになるなんて想定していなかっただろう。だが、それはどうでもいいことだ。
助言の中身である。私は首相のころの鳩山さんが操る日本語に再三疑問を呈してきた。今回も、プラスになる、ならない、は〈代表再選にとって〉ということのようだ。
「多数派工作などオタオタしないで、菅さん、泰然自若、国政に専念の姿が、あなたにとって有利ですよ」とアドバイスしている。ほんの三カ月前、国政をしくじって首相を棒に振った人が、それも忘れたかのように、専念を、と言う滑稽さがおわかりでないらしい。自分で暴露するぐらいだから。
加えて、首相にプラスになるための政治、という感覚、何かすごく幼稚である。菅さんの反応はわからないが、これでは、〈情のある政治〉など望むべくもない。(サンデー毎日)
杜父魚文庫