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習近平「中国夢」の種本は軍国主義論客の劉明福・大佐だった  宮崎正弘
■富国強兵、軍事強国という強迫観念は米国を凌駕する百年の夢

「愛国主義による中華民族の復興」が習近平のいう「中国の夢」。ところが、李克強首相は「中国の夢とはきれいな空気を吸い、安全な水を飲むこと」と庶民の目線で、むしろ習近平の大言壮語を茶化すかのような物言いをしている。

チャイナ・ウォッチャーの坂井臣之助氏によれば、「中国の夢」には種本があり、なかでも国防大学の劉明福教授が著した『中国の夢――中米世紀の対決、軍人も発言する』だという。

根拠は、この本は2010年に出版され、米国に打撃を与えかねないという理由で出版禁止処分となったが、劉源(劉少奇の息子、総後勤部政治委員)の提言で、出版禁止処分が解かれ、世に出たという経緯があり、しかもこの本の序文を書いたのは劉亜州だった。

同書は戦争をしても米国に負けないという決意で、中国は軍事的にも世界一にならなければいけないという強迫観念で貫かれているアナクロ読本。視野狭窄の軍国主義パラノイアに陥った軍人達が好む内容。

トウ小平が主唱した「韜光養晦(とうこうようかい)」を否定しているポイントが重要で、おなじく元読売新聞北京支局長で現在秋田国際教養大学の濱本良一教授は、胡錦涛後期、2007年頃から中国は「韜光晦晦路線」を徐々に修正してきたと指摘した。

濱本良一『経済大国中国はなぜ強硬路線に転じたか』(ミネルヴァ書房)に次の文言がある。

「1991年末にソ連が崩壊し、世界が次は中国の番だと考えていた時、最高実力者の?小平は、『韜光養晦、有所作為』との大方針を示した。その意味は『才能を隠して機会を待ち、少しだけ行動にでる』というものだ。

(原文改行)意図するところは、世界の脱社会主義の流れの中で、身を低くかがめて力を蓄え、嵐が過ぎ去るのを待て(中略)、建国以来の危機存亡に瀕した天安門事件を乗り切った?小平は、老体に鞭打って広東省深センなど南方視察を敢行した。後継指導者として据えた江沢民に『改革・開放の御旗を絶対に降ろすな』と諭す意味があった」

そして次の重要なポイントを指摘する。

「転換点は2009年7月の海外駐在外交使節会議での胡錦涛演説だった」

なぜなら「韜光養晦 有所作為」の後節に「積極」が挿入され「積極有所作為」とする主張に変化したことだと捉え、以後、「自己主張を強めた中国の姿勢が随所で見られるようになった。

『微少外交』から『強面外交』への大転換である」と指摘される
 
かくて軍事強硬路線を露骨に表現してアジア各国とぶつかり、傲然としはじめた中国の姿勢に日本もアセアン諸国の過半も反発し、団結し始めるのだ。ルトワックが指摘したように、『中国の戦略には整合性がない』のである。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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