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日本の政治風土を考える 総理と大統領の違い    加瀬英明
10月に、ワシントンに戻った。国務省の元日本担当者で、国防大学の教授をつとめている友人と、昼食をとった。すると、「安倍首相は日本にとって、久し振りに世界に通用するリーダーだ。ところが、安倍内閣は順調だったのに、どうして2年しかたたないのに、大幅な内閣改造を行ったのか」と、たずねられた。

私は「『指導者(リーダー)』という言葉は、日本語に明治に入るまで、存在していなかった。日本は決定が合議(コンセンサス)によって行われたから、リーダーという西洋語が入ってきた時に、新しい翻訳語が必要となったために、造ったものだ」と、説明した。もちろん、日本には、今日でもリーダーはいない。

■アメリカの大統領

アメリカの大統領をとれば、本来の言葉どおりの指導者(リーダー)であって、かつて絶対権力を握っていた王に近い。

閣僚も、各省庁の幹部も、上から下まで「プレジデンシャル・アポインティ」(大統領任命官)と呼ばれて、大統領によって任命されて、その地位にいるから、全員が大統領の代理人である。1人ひとりが、“大統領の人格の延長”であるとされている。

■指導者も独裁者も輸入語

ところが、日本は歴史を通じて合議制をとってきたから、「指導者」という言葉も、「独裁者」という言葉も、明治に入ってからしばらくたつまで、存在していなかった。2つとも、いわゆる明治翻訳語である。日本の閣僚は、首相の代理人ではない。そこで、西洋人には理解しがたいことだが、首相が与党の支持をとりつけるために、内閣を頻繁に改造して、閣僚を入れ替えなければならない。

『雙解英和大辞典』をひいてみる。(神田の古本屋で求めて、いまから130年あまり前になる明治25(1892)年に発刊された、『雙解英和大辞典』(東京共益商社)を私蔵している、分厚い辞書で、1288ページにわたる。先人たちがいかに英語と苦闘したか、偲ばれる)

この辞典でリーダーleaderをひいてみると、「案内者、嚮導(きょうどう)者、先導者、指揮者、首領、率先者、巨魁(きょかい)、総理、首唱者」と説明されている。まだ、「指導者」という言葉がなかった。

今日では、「独裁者」という言葉も、日本語のなかにすっかり定着しているが、ディクテーターdictatorをひくと、「命ズル人、独裁官、主宰官(危急ノ時ニ当リテ一時全権ヲ委ネラレタル)」としか、説明されていない。

■比較宗教と神話の研究

私は比較宗教と神話の研究者であるが、世界の文化のありかたを、それぞれの宗教と神話によって、説明することができる。日本の神話の最高神は、女神の天照大御神が最高神でいらっしゃる。

至上神が、女性であるのは、他の主要な神話にみられない。

中国の最高神である天帝は、男だ。朝鮮の檀君(タンクン)神話の至上神は上帝恒因(ソンジェファンイン)であるが、やはり男性神である。

ギリシアの最高神; ギリシア神話では、男性神のゼウスが最高神である。ローマ神話のユピテルも男であって、ゼウスと同じように雷を武器として、高天から世界を支配する。北欧神話の最高神で、男神のオーディンは風の神であり、「吹く」という意味だ。どの宗教も、神話も、それぞれの地域の人々が造った、いってみれば民芸品なのだ。

インドの最高神;インドのヒンズー神話の最高神も、男性だ。古代エジプトの最高神のラーも、男性神であって、太陽神である。バビロニア神話と、ペルシア神話の主神であるマルドゥクと、アフラ・マズダーも、男性神である。

これらの最高神は、絶対権力をもっているリーダーである。

神話を古代人による造り話だといって、斥けてはなるまい。神話はそれぞれの文化を、模している。日本神話を読むと、今日でも日本人のありかたが、あの時代からほとんど変わっていないことを、教えてくれる。

天の岩屋戸の物語は、天照大御神が、天の岩屋に籠(こも)られると、全宇宙が暗闇に閉ざされてしまった。八百万(やおよろず)の神々が、天(あめ)の安(やす)の河原に慌てて集まって、どうしたらよいものか、相談――神謀(かむばか)る。さまざまな知恵が、講じられる。

■天の岩屋戸の物語は、きわめて日本らしい

八百万(やおろず)の神々が、「神集(かむつど)ひ集(つど)ひまして神謀(かむばか)る」が、リーダーが不在なのだ。他国の神話には、このような場面はみられない。他の国々の文化であれば、全員をまとめて決定する主神がかならずいる。

■聖徳太子が『十七条憲法』

そのはるか後の604(推古12)年に、聖徳太子が『十七条憲法』を制定した。

第10条目では、「自分だけが頭がよいと思ってはならない」と、諭している。第17条では、「重要なことを、ひとりで決めてはならない。大切なことは、全員でよく相談しなさい」と、定めている。

このような衆議による伝統は、神代からあったものだ。

「神話」という言葉も、明治に入るまでは、日本語のなかに存在しなかった。「神話」も英語のミソロジーmythologyを訳するために造られた、翻訳語である。

先の英和辞典でmythologyをひくと、まだ「神話」という訳語がない。「神祇譚、神代誌神怪伝(異教ノ)」としか、説明されていない。

■「ふること」の意味

徳川時代が終わるまでは、神話を「ふること」といった。古事(ふること)、古言(ふること)という漢字が、あてられた。『古事記』は「ふることぶみ」と、読む。

このごろでは、日本民族の成り立ちである神話を否定して、原発の「安全神話」が崩壊したといったように、現実から遊離した造りごとか、虚構といった意味で使われている。

だが、明治訳語はいまだに新入りであって、私たちから遠いところにあるはずだ。「神話」は、「ふること」と呼びたい。

■女親のふところ包む親心

男親が子どもたちに優劣を競わせて、規律を課すのに対して、女親はできる子も、できない子も均しく守って、暖かく包む。女性を最高神とする日本は、優しい文化であってきた。

■国の呼び名「母国」の暖かさ

日本では祖国を指して、「母国」としか呼ばない。英語、ドイツ語ではファーザーランド、ファーターラントという。フランス語にはラ・パトリ――父国という、表現しかない。

大化改新が行われた皇極4(645)年に、皇極天皇が詔(みことのり)を発して、「独(ひと)リ治ムルベカラズ。民ノ扶(たす)ケヲ俟(ま)ツ」と、述べている。衆議を定めている17条憲法と、同じものだ。

このようなことは、あの時代に専制政治体制がとられていた、中国、朝鮮、ヨーロッパなどの諸国では、考えることができない。

何ごとも合議によるから、謙虚である。日本の歴代の天皇は、国土が天災によって襲われると、自分の過ちであり、徳が備わっていなかったからだといって、反省する詔をしばしば発してきた。

■天皇は民と共に

平城天皇(在位774年から824年)は、大規模な水害に見舞われた後に、「朕の真心が天に通じず」天災を招いたが、「この災いについて考えると、責任は朕一人にある」と詔のなかで、自らの不徳を責めている。

このような詔は、平城天皇だけに限らず、聖武天皇、清和天皇などの多くの天皇によって発せられている。他のリーダー諸国では、ありえないことだ。

江戸時代が終わるまで、上に立つ者は、頭(おかしら)、頭目、頭立(かしらだつ)、重立(おもだて)、主立(おもだて)などと呼ばれたが、合議によって、人々を統率した。

「自然」という言葉も、ネイチュアの明治訳語である。それまで、日本には人とネイチュアを区別するような、発想がなかった。

いまでは、「神話」という言葉が「古事(ふること)」を置き換えている。西洋に傾(かぶ)くようになって、日本人らしさが失われるようになっている。

杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 15:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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